大津町議会議員 時松智弘、面白おかしく舌鋒するどく

心に映りゆく由無し事、適当に書きます😄

銭はモノを言わない。現れるのはその生き様。

小さな町の役場の不祥事から全国の話題に。

コロナ関連の給付金の山口県阿武町誤送金問題。

メディア報道は「誰が」にばかりこだわるが

これは日本人全体に問われた倫理の課題と思う。

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役場という組織は札束を扱う事に抵抗が無い。

どんな金額であろうとも動じる事はない。

何故なら自分のカネでもなければ、仕事での

利益でも無い。「税」という言葉に置き換わる。

 

自衛官時代も、県職員時代も札束は沢山見た。

そこに余念が生じるなら公僕たる資格も無いが

「重たさ」も十分に感じなければいけない。

例え一円であっても大切に扱うべきである。

 

幼少期、私の家は正直カネに苦労をしていた。

借金取りに十重二十重と囲まれた事もある。

自らよりも裕福な家庭を羨む気持ちはあったし

カネに対する怨という物も感じたものだった。

 

幼い時代も今子を育てる今もカネの大事さ

自らが汗をかき稼ぐ事の大切さは身に染みている。

だからこそカネのみに心を動かす浅慮を戒め

例え一円でもそこには人の手が係る事を知る。

 

日本人の倫理観、等と大袈裟に言うつもりはないが。

私はこの事案の双方側に「他人の物を扱う事」の

倫理観が欠如していた結果だと見做している。

殊更慌てて指弾することでは無い。

 

私達はとっくの昔にこの倫理観を失っている。

政治も、経済も、文化も。倫理観は無い。

大義なく人の物を盗み、汚し、蔑む輩ばかりだ。

それが日本人の仮面を付け暮らしているに過ぎない。

 

廉恥、というものを知らなければならない。

思想は自由であるが、振る舞いは自由では無い。

札束という物は平気で人を変えてしまう、と

言うのは嘘である。何故なら銭はモノを言わない。

 

その人が持つ生き様が単に顕著になったのみ。

近頃はSNSでそれを見いだす事が出来る。

どうやらその倫理観に血筋は関係ないらしい。

それはまた次の機会に。